【重要情報】『のだめカンタービレ 19巻』発売!!!2007年11月13日です。楽しみです(*^。^*)。
土曜日に、NHKの番組で、松たか子さんを取り上げたドキュメント番組を見ました。彼女の笑顔がスゴク眩しかった(#^.^#)。
スゴク明るいというのが、番組を見ての、彼女に対する印象である。とにかく、笑い楽しみ、何となくであるが、周りの一緒にいる人たちも楽しくなるような空気を彼女が創っているような感じがした。それが、僕には、とてもスゴイことだと思えた。
そして、彼女がスゴク、キレイだとも思いました(●^o^●)。
松たか子さんは、僕の中学・高校時代のアイドルのような存在だったのかもしれないと、少し思いました。だから、彼女の音楽を聴いたときに、いろいろ昔のことを想起しましたね。「桜の雨、いつか」をiTunesでダウンロードしました。懐かしい。。。
さてさて、先日行った、TokyoMidtownの感想を書きましょう。高級感が漂う、感じがしましたね。特に、デザインというのを重視していたのが印象的でした。デザイン性を重視した雑貨などを扱った店など、とにかくデザインという感じですね。無印良品の店もありましたよ。(無印良品のデザイン性とかについて知りたい方は、原『デザインのデザイン』岩波書店、2003年を参照。社会の中のデザインというのを考えたら、スゴク興味深かったですよ。楽しい社会の構築のためには、デザインは必須だと思います。)
異国情緒が漂うような感じもしましたね。外国のものも、人も、多かったような感じがしました。あと、そこにいる人々が、スゴク、スマートな人ばかりだったのも、印象的だ。
まぁ、そこに無目的に行ったのではなくて、目的は、佐藤卓「WATER」を見に行きました。21_21 DESAIGN SIGHTというTokyoMidtownの端の方の建物に行きました。
800円ほど、取られたのですが、感想は微妙ですね。交通費とか、機会費用(そこに行くことで、諦めざるを得なくなった機会から得られるであろう「収入」)とかを考えると、ホントに微妙ですね。
まぁ、簡単に言うと、水のいろいろな姿を見せてもらったという感じですね。ただ、一つの展示物に、スゴク懐かしみを感じました。その展示物、というよりは、一つの作品でしょうね。それは、波の音を聞くことができる空間です。僕は、そこに30分くらい、座り続け、波の音を聞き続けていました。
東京に来て以来、海を見る機会が無くなりました。僕は、海の近くで育ったので、海が無い生活は、何か違和感を感じます。特に、僕は、高校の時に、授業(数学が得意だったので、数学の授業)をサボり海岸に行き、ボーっと海を眺め、波の音を聞くようなことをしていたので、その波の音を聞いたときは、スゴク懐かしみを覚えましたね。海に行きたいと思いました。(僕が高校時代に行っていた浜辺を見たいという方は、上野樹里主演「幸福のスイッチ」を参照。まさに、そこが僕の故郷です!!!厳密に言うと、少し離れていますが・・・。ただ、浜辺のシーンは、まさに、そこです。)
高校の時、「負け組」(秀才だったけどね)になって、早く、東京に出て行きたかったんですよね。だから、海の遠くを見て、いろいろ考えましたね。そして、波の音を聞いて、癒されて。。。よく行ったのは、今頃の寒い季節で、その独特の寒さとか雰囲気とかで、何か涙が出てくるんですよね。そんな切ない過去が、僕にはあるんですよ。
ここまでは、午前中に書き、これ以降は、ランチ後に書きます。
今日は、ランチする予定があり、ロージナに行きました。その方は、夏の由布院で出会った方で、映画オタクでもいうべき方でしょうか。退職後も、非常勤という形で、働かれているようです。ただ、10月だけでも、160本(日本アカデミーの特別会員だそうなので、映画はフリーだそうです)ほど、映画を見たとか、言っていましたね。
スゴイ、と思いました・・・(ToT)/~~~。
その方とランチしながら、湯布院の話とか、映画の話をしました。
生ビールをご馳走になりました(#^.^#)。。。
久しぶりに生ビールを飲むと、涙が出るほど、美味しいのには、感動しました。本当ですよ。ただ、失敗したのは、野菜カレーが激辛だったことです。そのため、生ビールの感動とカレーの辛さと、混ざり合った形で涙が出てきました。。。。。
本当に、辛かった。僕は、アマちゃんなので、甘いカレーが良いんです。
さてさて、金曜日に映画を見ました。映画「グッド・シェパード」です。この映画は、ある友人が、面白そうに語っているのを聞いて、見ようと思いました。
吉祥寺とかの駅の広告でも、この映画について書いてありました。
面白い映画ですが、特に、冷戦史とかアメリカとかについて興味がある方は、より面白く見ることができるのかもしれません。
印象的だったのは、冷戦というのが、アメリカの軍産複合体が作り出したものであるということをいったシーンである。つまり、アメリカの軍事産業の繁栄のために、ソ連の脅威を過大に評価して「敵」を作り出して、アメリカとの対立を作り出しているのだ。
また、アメリカはワスプ以外は、全て観光客だと言わせるシーンもあった。アメリカ国籍を持つ、ユダヤ人も、イタリア人も、日本人も、全て、アメリカ国家にとっては、全て観光客であり、彼らは、国家の構成員ではないということだ。
いろいろ指摘できる点はあろう。
もちろん、映画は、フィクションなので、「事実」とは区別する必要がある。しかし、国際政治を考えるに当たって、普段考えないようなことまで視野を広げてくれるという点で、国際政治を学ぶいい道具だと思います。特に、一つ一つのセリフには意味があるわけで、だからこそ、そのセリフの意味について深く考えてしまいます。
そうそう、最近、「Always 3丁目の夕日」の続編が公開されたようですね。機会があれば見たいのですが、今週から来週の土日にかけて、少し忙しいので、見ることができるだろうか???
もしも、日本の高度経済成長に興味があり、そして、掘北真希さん(が好きで、そして彼女)が演じている星野六子さんが、どうして東京に来たのかについての事情に興味がある方は、加瀬和俊『集団就職の時代』青木書店、1997年を読むと面白いかも!(^^)!(僕も今、読んでいるのですが、まぁ、専門論文のような難しい感じの本ですね・・・)
ただ、残念なことに、一橋図書館には無く、経済研究所の図書館所蔵です。もし読まれた方は、感想教えてくださいね(*^。^*)
やっと、進藤『敗戦の逆説』の感想が書ける・・・。
「その意味で戦時期はけっして戦後に連続するものではない。そして戦時期を戦後から分かつ社会経済的諸改革こそが、政治的民主化や脱軍事化や脱植民地化とともに、戦後日本の高度成長をつくる主因と化したのである。3つのDが、戦後日本の平和的発展の道を敷いたと、私たちが主張するゆえんである。」(p.181)
正直言うと、勉強不足のために、戦時下の社会経済的変容と、「戦後改革」を、高度経済成長を考える上で、どのように位置づけるのかについて、答えることができません。
まぁ、その大きな理由は、戦時下の社会経済的変容を論じる主要な本さえ読んでいないからです。主要な本としては、
岡崎哲二、奥野正寛編『現代日本経済システムの源流』日本経済新聞社、1993年。
山之内靖、ヴィクター・コシュマン、成田龍一『総力戦と現代化』柏書房、1995年。
などが挙げられるでしょう。
後者の本については、最初のさわりを読んだだけで、挫折するような段階です。はっきり言って、分析の方法が違いすぎて、読みにくいですね。
『敗戦の逆説』では、戦時下の社会経済的変容を論じるに当たって、野口『1940年体制論』(これは、昔読みました)を用いて、その議論を批判しています。ところが、『1940年体制論』は、歴史の研究書ではないという批判があります。
「野口の1940年体制論は、ジャーナリズムの世界では、現代を戦時経済の延長として批判するためのひとつのイデオロギーとして機能したと言えよう。すなわち、現在も続く官主導の『戦時経済』批判であり、まさに現代を戦時経済の連続として捉えるもので、『さらば戦時経済』が主題であった。これは現在のグローバリゼーションと新自由主義の政策提言のために戦時・戦後連続論が言説として利用されたもので、岡崎らの研究書とは一線を画した方がよいものと思われる。」(森武麿「総力戦・ファシズム・戦後改革」吉田裕他編『アジア・太平洋戦争第1巻』岩波書店、2005年、p.140-141。この論文は、総力戦と戦後改革について、丁寧に、まとめられている。)同様な批判は、一橋学閥系の先生が、様々な場所でされている。
よって、戦時下の社会経済的変容についても、注目していく必要性はあるでしょう。例えば、吉田裕先生は「総力戦の遂行が、経済だけでなく、旧来の社会秩序や社会関係を大きく変化させたという歴史的現実」があったと述べている(吉田『アジア・太平洋戦争』岩波書店、2007年、p.160)。
だから、僕が今言えるのは、次のようなことだけである。「現代化を歴史的にみるならば、①第1次大戦後、②昭和恐慌期、③戦時統制、④戦後改革、⑤1950年代初頭、⑥高度成長期をそれぞれ時期区分として、経済構造の変化、階級・階層構造の変化、社会運動の変化、政治支配の変化を統一的にとらえ、それぞれの段階と移行を社会的所要層の連続面と断続面の両面から統一的に捉える必要」があるということである(森「総力戦・ファシズム・戦後改革」p.149)。
『敗戦の逆説』のように、アメリカ・ニューディーラーの再評価を求めて、「戦後改革」を「戦後変革」と、より、戦時と戦後の断絶を大きく解釈しようとするのに対しても、理解することができる。不勉強なので言いにくいが、勿論、その断絶を強調しすぎるのには、違和感を、僕は感じる。ただ、この本で、重要だと思うのは、「その意味で戦時期はけっして戦後に連続するものではない」という形で、断絶に関して、限定的に範囲を定めて、論じているのである。よって、この本を読んで、「そうだよね」と思いながら読んでいました。
例えば、戦後のアメリカニズムの受容を、戦前の頃からの連続として捉えようとした、ゴードンの研究(岩波講座『アジア・太平洋戦争』所収のゴードンの論文に、そのようなことを書いていたと記憶している)とかを読んでいると、戦時と戦後の連続を見ることの重要性を考えさせられた。
そういうわけで、「戦後変革」が高度経済成長の大きな要因であったことは、感覚的に理解できる。しかし、1950年代の変化、そして、高度経済成長と、段階的に「連続」と「断絶」を踏まえていくことが必要だと思うので、まぁ、歴史研究の蓄積を待ってくださいと言っておきましょう。
僕なんかも、卒論で、高度経済成長を研究しようと考えているのだが、「戦後変革」「戦後改革」とかは、所与のものとして考えるので、どうも、「戦前」「戦時」「戦後変革」との繋がりへの意識は希薄である。だから、逆に1950年代の変化とのつながりは重視しようとしている。
そういうわけで、『敗戦の逆説』はニューディーラーとかの評価については面白い本であった。
そうそう、少し前に、高度経済成長と「デタント」との関係はあるのかどうか、とランチの席で聞かれて、困ったことがあるんですか、あれは、ホント、困りましたね。そもそも、「デタント」の時期が不明確だし、いくつも「デタント」はあったからね。僕は、その質問を受けて、全ての「デタント」を思い出して、それと日本経済と関連付けて考えて、表面的にはフリーズしていましたが、頭の中では、高速回転するようなことがありました。
今度、そんなバカなことを聞かれたら、「知るか、タコ」と答えることにしましょう。
ただ、その時、一つ考えたのは、池田内閣の時に、当時、国交の無かった中国に倉敷レイヨン(現在はクラレ)がプラントの輸出をしたということでした。これは、確か、大原総一郎さん(彼のおじいさんについては、城山三郎『わしの目は十年先が見える』)の「私の履歴書」に書いていたと思います。
これを、デタントの結果だと見ることができるかもしれません。ただ、高度経済成長には、あまり大きな影響を与えたと見ることができないと思いました。
まぁ、いろいろ考えることはありますが、僕も、それなりには勉強しているので、自信を持っていきたいと思います。「知るか、タコ」と言います。そろそろ、根拠なき自信を持つ時期に来ているのかもしれませんね。ただ、少なくとも、不合理な質問については、「知るか、タコ」で撃退します!!!

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