11月1日の午前中は、大学が休みだということもあり、映画を見に行きました。映画「クワイエットルームにようこそ」を見ました。蒼井優さんが出ています(^^♪。。。
この映画は、見る当初は、コメディー映画だと思っていたのですが、なかなか、深い映画だと思いました。というのは、監督・原作で松尾スズキさんという、僕のイメージではコメディー系の方が作ったからです。
少し感想を書きたいのですが、少し難しい映画で、「理解」するためには、もう一度見る必要があるでしょう。
簡単化して、この映画を説明すると、何かしらの精神的なダメージを受けて、「普通」には生きられない人たちが集められた病院の内部での話です。その病院は外部から完全に隔離されていました。
そして、主人公も、そこに閉じ込められるのですが、彼女がどうして、そこに入るに至ったのか、そして、その後のその内部での様々な出来事について書かれています。そして、最後は、彼女が、そこに入るに至った原因を相対化することができるに至り、退院して、話は終わります。
「普通」に生活できなくなるような精神状態になってしまうような原因というのは、相対化することしかできない。つまり、「解決」するようなことはないということです。一生それと付き合っていかなければいけないのです。
人によっては、その相対化が上手くでき、「普通」に生活することができるのでしょう。たぶん、おそらく、僕も、その相対化をそれなりには上手くできているのでしょうね。
でも、人によっては、その相対化が上手くできずに、精神状態を壊してしまうんでしょう。この映画でも、最後に、主人公よりも先に退院していた人が再び戻ってくるという場面があり、このことは、精神的な問題を「解決」することができないということを象徴しているのでしょう。だから、逆に、相対化するしかないということも示しているのでしょうね。
ちなみに、蒼井優さんは拒食症の役を演じていました。彼女、もともち痩せているけど、さらに痩せていたのが印象的でした。やつれていた、という感じでしょうか。どこかで書いていましたが、役作りのために、減量したとか。
お体には、十分気を付けていただきたいと思います。
彼女は、どうして拒食症になったのか。それは、世界システムというのが、ゼロサム的状態であることに「気づいた」からだという。つまり、彼女がモノを食べると、誰か世界で別の人は、自分よりももっと、それを必要としている人が、その分を食べられない。だから、彼女は、モノを食べられなくなった。世界の、そのシステムに「気づいて」しまったのだ。
こうして「普通」の生活ができなくなった彼女を、どのように考えますか???
バカでしょうか。アホでしょうか。
僕は、スゴク彼女の気持ちが分かりましたね。「共感」というべきでしょうか。ただ、今なら、彼女を、もっと生産的に考えさせるような言葉を僕は話すことができます。
世界のシステムが悪いから、そして、自分はその中で偽善者になりたくないから、彼女はモノを食べないのでしょう。彼女は、そのシステムを所与として捉えていて、そのシステムは変わらないと考えている。だから、自分の「正義」を守るために、モノを食べないという形で世界から「逃げ」ている。
だから、彼女も、その世界システムから逃れようとして逃れていないのだから、逆に、そのゼロサム的な世界のシステムを支えている存在でしかないのではないか。もしも、その世界のシステムに怒りを覚えるのなら、そのシステムをもっと良いものに変えることができるように努力するべきなのではないか。
もちろん、その努力をすれば問題が世界のシステムが良くなるとは必ずしも言えないが。
ただ、おそらく、そうした方向性に彼女自身が進むほうが、「逃げ」ている状態よりは、彼女自身、そして世界のシステムにとって、良いであろうと、僕は思う。
どうして、僕は彼女に「共感」するのかと言えば、同じような状況に「陥った」ことがあるからだ。
自己分析を兼ねて、書いてみると、高校時代に、そのようなことを考えた。皆さん、ご存知のように僕は、和歌山の南の白浜出身であり、そこで高校卒業まで、育った。小学校、中学校は、地元の学校に通いました。成績優秀(音楽とか美術とか、体育とかダメだったけど・・・)で、また、スポーツは柔道をして、また、中学校の頃は、生徒会長として1年間も君臨した。学級委員とかも、やったりと、なかなか世話役だったのだ。もう少し言うと、当時は、まだ社交的だったのだ。
結果、地元の優秀な生徒が集まる、田辺高校の中でも、優秀な生徒が集まる、自然科学科に入った。僕が、歪んできたのは、その頃から始まるのでしょうね。
その学科は、周りを見ると、中学校の時に通っていた塾の奴らばかりだった。その塾は、地元では優秀な塾で、いろいろな中学校から多くの生徒が通っていた。
僕は、そこで社会の問題に「気づいて」しまったのだ。僕のクラスの親は、大体が、医者か、公務員か、会社の社長だったのだ。僕は、何かしら大きな社会の差別を感じた。「公正」ではないと感じた。そして、どうして周りの人は、その「事実」に気づかないのかと悩んだ。そして、自分は周りから「ヒッキー」になった。
僕自身、比較的に裕福な家庭にいて、そして、その事実をどのように自分の中で理解すればいいのか分からなかった。
僕は、その「特権的」な立場にあるなら、それを有効に使い、いい大学に入り、いい職業につき、そして、「公正」な社会を作らなければいけないと考えた。
だから、僕は、その第一関門である、大学受験に全資源を投入した。が、今から考えると、あまり「効率的」な勉強はできていなかった。もしも、「効率的」であれば、僕はハーバードにでも行っていたであろう。
まぁ、何とか最低の目標は達成したのであるが、失ったものも大きかったことは、大学に入ってから痛感し、そして「今」に至るのである。
社会には、いろんな人間がいて、その中には、社会の問題に、純粋に向き合ってしまって、結果、生産的でなくなってしまう人もいるんじゃないかと思う。僕も、その一人ではないかと思うし、あの彼女も、そうなのではないかと思う。
もし戻ることができれば、地元を飛び出し、いろんなものを見て、いろんな人と、対話し、考えを深めたかった。また、僕の苦しさを、少しでも理解してくれるような人がいて欲しかった。
だから、思うんですけど、自分は、彼らの彼女らを苦しみが分かる人になり、何かしらの形で話を聞いてあげたい。
そんなわけで、僕は、「効率的」で「公正」な社会を作りたいというところに、自分の関心が向かっていくのだろうね。「公正」な社会を作りたい。「効率的」じゃないと、そこの当事者は、スゴク苦しいから、それを解消していきたいとかね。
そして、東京に出てくる、問題なのは、和歌山の白浜だけではなく、日本中なのだということを発見。それなら、日本中を「公正」で「効率的」な社会にしてやろう。社会問題を解決する医者になってやろう。
まぁ、あの映画は、なかなか、自分にとっては苦しかったけどね。最近、自己分析をするように言われているので、それと合わさって、いろいろ考えさせられました!!!
書きすぎました・・・。
A4、4枚です(-_-;)。。。
進藤栄一『敗戦の逆説』の感想も書く予定だったんですが、体力が・・・。
友人に、この本を貸していただきました。感謝。
様々な戦後史像をクリアーに整理されていたので、興味深かった。また、歴史の「神話」を潰そうという試みも興味深いものである。
細かい事象ばかり、歴史を勉強していると溺れてしまっていたなかで、このような本を読んで、目から鱗が、という感じです。
そうそう、昨日、映画を見た後、六本木のミッドタウン東京にも行き、「WATER」も見ました。その感想は・・・。省略。

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