2007/09/29

休み、あと2日

●生活習慣について

今日は、少し変則的な生活をしたので、溜息ばかりが出てしまい、周りの皆さんには、大変に不愉快な思いをさせることになってしまった。反省したい。

急にリズムを崩すと、どうも次の日に、ドット疲れがやってくる。まぁ、しかし、次回からは、顔には出さないように努力したい。


●映画を2本見る

オフに、映画を見た。しかし、両方とも、オフに見るべき映画ではなくて、難しくて、内容があって、考えさせられるものであった。

①映画「光の雨」
 この映画は、いわゆる「連合赤軍」が如何にして、「浅間山荘事件」に至るまで、軌跡をたどって来たのかが描かれている。この映画では、主に、その事件の前史が描かれていた。

 率直に言って、この内容の映画は、夏休みにも見ていたので、その映画との比較という観点から見ていた。夏に見ていたのは、若松監督「実録・連合赤軍」である。

 違いを言うと、今日見た映画の場合は、役者が演じた感想までも含めた形での映画であったのに対して、若松監督の映画は、その事件だけを描くものであったということがある。ただ、いわゆるリアリティーという点においては、若松監督の映画のほうが迫力があった。

 もしも、日本の60年代70年代の社会変動とか、及び、冷戦における社会変動とかに興味がある方は、見てみても良い映画なのではないかと思う。もちろん、題材が題材なので、賛否両論があろうが、議論させる価値があるという点でも、一見してみる価値があろう。

②映画「名もなきアフリカの地で」

 この映画も、見ていて、考えさせられるものであった。ナチスドイツの結果、亡命をすることになったユダヤ系ドイツ人について描かれている。

 少し思ったのは、ヨーロッパとアフリカの結びつきである。というのは、僕にとって、アフリカは遠い存在であるので、何かしらヨーロッパとの接点の中で描かれていたので、興味深かった。

 ジェンダーの問題についても考えさせられた。これは、ここ数日、シンシア・エンロー著『戦争の翌朝』を読んでいて、国際政治とジェンダーを考えていたことも多少影響しているのかもしれない。アフリカに亡命することで、これまでの収入を維持できない「父親」は、「母親」に対して、権力を行使できなくなった。また、このことは、女性の独立、つまり「主婦」から「自立した女性」への道を開くことになった。結果、夫婦関係は冷え上がり、「父親」は軍に志願して、亡命して失った「男」らしさを回復しようとしたのである。とかとか、この映画はジェンダーの視点で、論じることができるものであった。

●重要

明日で、「どんど晴れ」が最終回である。残念。

比嘉さんの笑顔は、周りを明るくするような感じがする。スゴイ笑顔だと思う。

2007/09/23

お知らせ 4

明日から、木曜日まで、日本を離れます。

2007/09/18

「勉強」は嫌いだ!

●「どんど晴れ」を見る。

最近、毎朝、この番組を見ています。話も終盤なので、面白くなってきています。比嘉さんが、より美しくなっていることも、印象的である。淡い色の着物がスゴク似合っていますね。

さてさて、今は、加賀美屋は、外資による買収の危機にある。夏美は、如何にして、この危機を乗り越えることができるか!

印象的なのは、外資=悪という感じで、描いている点であろう。このような描き方をすることはできるのは、日本ではNHKくらいなのではないか。民放だと、様々な利害関係から、外資を悪く描くのは不可能であろう。

映画では、「燃ゆるとき」において、外資を悪と描いていた。

いつか、外資の描き方も、学問的対象になるであろうことは、明らかであろう。その時に、この「どんど晴れ」とかを見て、思うんだろうね。日本人は、外資が嫌いなんだ、と。

●三輪『経済学の使い方』を少し読む

この本を少し読みました。まぁ、もっと、読んでも良かったのですが、どうも考え込んでしまうので、進まなかったということがありました。

この本では、徹底に、実証ということを大変に重視されている。そして、具体的に実証を行うことで、それまでの通念とかから脱却することを唱えている。私たちの周りに、如何に、実証とかを伴っていない通念とかが多いことを問題としている。

例としては、日本の高度経済成長期における政府の役割、ここでは産業政策が取り上げられている。僕なんかの理解では、日本の初期の経済成長期おいて、政府の役割は大きく、産業政策は大きな成果を挙げたということになっている。

しかし、著者は、この「通念」に対して、実証で戦いを挑み、ひっくり返そうとしている。中身の細かい吟味は、まだであるが。

まぁ、経済学の使い方、また、議論の詰め方とかについて、具体的な事例を通して説明されているので、大変、良い本だと思いました。

僕の卒論でも、本の要約では危険で、一つ一つ一次資料に基づきながら、事実を積み重ねていくことの必要性を感じた。日本研究なので、それ相当に、このことは進めていけるだろうとは、楽観視はしているのではあるが。

社会まで、如何にして、卒論に含めていくかが、僕の今の課題であろう。

あと、如何にして「通念」から脱却していくのかも重要である。具体的には、中村政則先生とか、渡辺治先生とかの、左翼系の先生の偏りに対して、どの程度、私は、相対化することができるであろうか。そのためには、安易な要約ではなくて、やはり、地道な研究が必要なのであろう。

上の偏りに対して、意識的にならなければいけないと考えたとのは、下の文献を読みながら考えたことである。

●『思想』を読む。

最新刊の『思想』を眺めました。1000号記念として、特集が組まれていて、今回は酒井先生を司会に間宮先生、中島先生の座談会の記録が載っています。

題は、戦後から1965年までの思想空間みたいな感じでした。僕は、卒論において、戦後の60年代まで見ていくつもりなので、何か面白い情報がないかどうかを探した。

率直に言って、面白かった。戦後における「保守」にも、2つの種類があることなどを知った。大きな議論として、戦後を「保守」と「革新」の対抗関係として描くことの単純さを痛感することになった。

どうしてはいけないということは分かったが、具体的に、どのように描けばいいのかについては、不明ではあるが。少し前に読んだ、米谷『アジア/日本』の戦後バージョンみたいな感じでしたね。

結局は、明らかなことなのですが、戦後においても、思想が重層的に絡まっているということ、そして、それを読み解いていかなければいけないということを、発見した。そして、そこにある戦前・戦時との「連続」と「断絶」にも丁寧に見ていく必要がある。

日本史における研究の蓄積が、今の段階においては、「戦後改革」あたりまでのようなので、僕の卒論が新しい何かを生むことができたらと、大きな野心を持って、取り組んでいきたいと考えている。


●図書館にて

今日は、図書館を出たところ、吉田先生とすれ違った。一瞬、本の批判をしようかと頭を過ぎるが、面識がないので、我慢した(笑)。

ただ、吉田先生にとって、僕は悪い学生であっただろう。というのは、昨年の冬学期の授業を毎回、前の座席で、寝ながら聞いていたので・・・。吉田先生の声を聞いた瞬間に眠たくなるので、辛かったな。

「敬老」の日

ゴードン『日本の200年』の上をやっと、読み終えました。久しぶりに江戸時代から戦時期までの歴史を勉強した。通史という形で、江戸時代から書いているので、「連続」ということに対して、大いに意識させられる本であった。

「断絶」と「連続」は、歴史学の重要な課題なので、僕自身も、卒論では、そのあたりの問題意識もクリアーにしておきたい。

ただ、通史なので、各トピックスに関しての記述は十分だとは言えないだろう。(日本の近代化・工業化が成功した箇所などに不足を感じる。)だけども、大まかな内容をつかむという点、また、読みやすいという点などを考えたときに、この本は良い本だと思う。感じとして、入江昭先生の『日本の外交』のようである。文章とかの流れが似ているような感じですね。

まぁ、明後日にでも、下巻を読もうと考えている。

本を少し整理していると、ウェーバーの本が5冊ほど、出てきた。読まなければいけないと、思うのだが・・・。こういう本の場合は、内容を理解したかどうかよりも、読んだかどうかの方が重要なんですよね(?)。

橘木『格差社会』を最終章を除いて、読んだ。日本の現状の格差社会について丁寧な議論がされている。そして、その深刻の度合いが深まっていることに対して、大きな危惧を感じる。

この本を読んだ目的の1つ目は、卒論において、ここで描かれているような書き方で、50年代とか60年代の日本経済を統計を使いながら表現したいというのがあった。読んで、僕に何が不足しているのかが、少し分かった。エクセルの使い方と、統計学の知識、一次データ。

2つ目の目的は、やはり今日の格差社会に関する問題関心だ。何が起きているのか、何が問題なのか、そしてどうすればいいのか?

この格差社会の話は、とても学際的な切り方が可能な領域であり、それは、この問題の難しさを逆に示していたりもする。そして、そこには、人の主観も大きな働きをするであろう。

主観ということを考えたときに、どうしても考えなければいけないのは、「自分は何か」ということであろう。どのように育ってきたのかとかとかの自分の歴史というものと、真剣に取り組むことが、必要であろう。

この点がきちんとできていない発言は、他人に対して、何も響かないだろう。自分自身の問題を相対化しながら考えなければいけないのである。

少し思いつきで問題だけを書くと、いわゆる「失われた10年」を子供時代に経た私たちは、どのような形で、自分自身の中に「影」を背負っているのだろうか。どのような形で私たちを形成することになっているのか。

私たちにとって、私にとって、「失われた10年」は何だったのか?そして、それは、どんな形で、私を私たちを規定することになっているのか。

眠たくなったので、以上。

2007/09/16

Bye the Clock

日本外交と「国連」


今年も、また、日本の首相や外務大臣は、国連総会に出席しないそうだ。

率直に言おう。なぜ、日本の姿勢を世界に「主張」できる絶好の機会をわざわざ捨てるのか!「主張する外交」なら、きちんと「主張」できる場所で「主張」しろ!

昨年も、自民党総裁選挙のために、国連大使が代理であった。今年も、同じそうである。

日本の政治家の外交音痴に、スゴク悲しくなる。

これは、まるで、世界に、日本は「主張」する内容を持たない図体だけがデカイ国家であるということを主張しているようなものなのではないか。

僕なら、ガツンと、日本の国際社会における役割を、言ってやりたいな。日本は、非軍事面で、世界で、NO1の「貢献」をする。日本は、憲法9条の理念を理解し、その理念に基づいて、世界での役割を果たす。

核兵器の開発及び実験について、いかなる国についても例外なく、反対する。そして、保有国に対しては、核の放棄を求める。


思い付きを書くと、戦後日本は所与としての国際社会に適応していったので、今日においても、適応していこうという傾向が強いのかもしれない。だから、国際社会において、日本が積極的に発言しようとしないのも、そこに原因があるのかもしれない。

しかし、日本は経済的に大きく成長していった。戦後日本が、国際社会に適応しようとしていった1950年代後半から60年代中頃までとは、大きく異なっている。そのあたりの「変化」に対して、きちんと理解することによって、また、相対化することによって、現状の見方も、より良いものになると考えている。

逆に、「変化」を理解できずに、昔のような認識を引きずっているいることは、「国家」の進むべき道を誤ることにつながるであろう。


面白そうな芸術家

インパクトの強い、考えさせられるような絵がある。


映画「釣りバカ日誌」を見たよ!


面白い映画であった。同時に、毎回のことではあるが、「地方」の活性化ということについても考えさせられるものであった。お時間と気分に余裕のある方は、ぜひぜひ、見てください。1000円で、見ることができますよ(皆、1000円)。

この映画は、毎回のように、軽く、そしてコミカルに描かれていて、僕は、スゴク楽しみながら見ることができる。

毎回、思うのではあるが、西田さんというのは、スゴク魅力的で、「独特」な雰囲気のする役者ですね。何か、スゴイ感じがします。このスゴサは何に起因するのだろうか。ある方は、声が良いと言っていた。これは、深い問題ですね。

でも、「釣りバカ」に限定して考えると、やはり、この「ハマちゃん」のキャラクターにも、惹かれる部分があるのも事実ですね。人生を楽しんでいる。100%で楽しんでいる。そして、その周辺にいる人々をもハッピーにさせる。

僕は、このキャラクターに、一つのワークライフバランスのあり方を見ている部分がありますね。そして、僕自身も、そのような生き方に、共感しているんですよね。

さてさて、今回は、壇れいさんが、「ハマちゃん」ガールとして、出演されていました。壇さんは、スゴクきれいな方ですね。声が、何となく印象として残っています。サントリーのCMも、スゴク印象的ですよね。

そろそろ、「地方」の活性化という点について見ていきましょう。明らかに、この作品は、そのあたりについて、意識していたでしょう。それは、例えば、開発の中止が決まった後の飲み会での若者の「若者が町を守り、作る」のような発言から分かる。

そして、「地方」というのが衰退している中において、今必要なのは、若者の力であり、団結であり、アイデアであることを考えると、この発言は、それを後押しするものであったのであろう。

少し前に、湯布院に行き、そこが活性化している一つの理由は、若者の存在であるということを感じました。若いということの持つエネルギーの大きさに、僕自身も21歳でまだまだ若いのですが、再確認させられたような感じがします。

また、どちらか言うと、そういう「若さ」は、どんどん出していっていいのだということを考えさせられた。それは、お寺のお母さんの方の発言から若者を応援しているということが伝わり、社会を動かすのは若者であり、それを応援してくれる大人はいるということを表現していたのではないか。

行動するか、行動しないか。社会を動かすのは、大人ではなくて、若者なのだということを感じさせられた作品であった。そういうメッセージが強く感じさせられる映画であった。

また、最近、「流行っていない」社会運動を肯定的に描いている点も印象的であった。時代の変化を感じさせられる映画なのかもしれない。

博士が100人いる村


ここで描かれていることが、どの程度、事実に基づいているかは、不明である。

しかし、最後に描かれていることから思ったことは、日本において、人材の活用が上手くなされていないということである。つまり、相当な知識や能力を持っている人たちを社会で生かしていくというメカニズムが、日本では、欠如しているのではないか。または、彼らを使うことができる人が少ないのではないか。

例えば、今日、学校の先生のレベルの低下が問題とされている一方で、他方では、博士の使い捨てが起きている。必要とされているところで、足りずに、他の場所では過剰に供給されている。この事態を、改善することはできないのか。

僕は、「制度」を改めることによって、比較的容易に、この問題を直すことができるのではないかと思う。例えば、修士にあがる人たちに、教職免許の取得を義務付けたりすることなどが考えられるであろう。

社会というのは、「制度」とかによって、強く規定されている。これを改善することによって、社会をより良い方向性に持っていくことができるという点において、「制度」設計という仕事は重要だし魅力的なのだと思ったりもしています。

●今日からの課題

毎日、「私の履歴書」を一人以上を読む。

理由:ミクロな視点から眺めることで、より深い歴史分析をする。

今日:今村昌平『映画は狂気の旅である』

2007/09/14

Book Report

●吉田裕『アジア・太平洋戦争』岩波書店、2007年。を読む

戦後世代だが、戦争経験世代からの影響を強く受けた研究者の「アジア・太平洋戦争」の描き方を批判する。僕には、この本が、確信犯的(?)に、東条、天皇、政策決定者たちの戦争責任を、描いているようにしか思えない。というのは、そこにあるのは、「国家指導者たちの誤った政策の犠牲者」としての国民しかないからである。

Digest:
①「アジア・太平洋戦争」について
 ・「アジア・太平洋戦争」について、本書では、41年12月に始まり45年9月の降伏文書調印で終わった   戦争、とする。
 
 ・『岩波講座 アジア・太平洋戦争』では、満州事変・日中戦争・「太平洋戦争」という一連の戦争を、「アジア・太平洋戦争」という広義の概念で把握することを提唱。
 
 ・この問題関心を継承しつつ、本書では、「太平洋戦争」にかわる戦争の呼称として、「アジア・太平洋戦争」と呼ぶことにする。それは、他の呼称を見出せないからである。

②問題意識
 
 ・現在の日本社会について、「1991年の湾岸戦争の頃から」「戦争の現実、戦場の現実に対するリアルな想像力が急速に衰弱している」と見ている。そのために、「報道の渦のなかで」「最前線の塹壕の中にはいつくばって死の恐怖と戦っている兵士の存在や、戦争にまきこまれた民間人犠牲者の存在は、すっぽりと抜け落ちていた」のではないか。歴史学は「直接に体験していない事象を想像する」ことを可能にする役割がある。「そうした戦争や戦場の現実に対するリアルな想像力」を歴史を使って、「回復」するのが、1つ目の問題意識。

 ・「戦後処理は、日本人の意識の中でも、まだ終わっていない」、「戦争責任[1]という問題に対して正面から向きあってこなかった」、と感じている事実がある。「こうした状況を踏まえ、本来ならば戦後処理の前提となるべきはずの戦争責任の問題を強く意識しながら、アジア・太平洋戦争の時代を自分なりに再構成する[2]」というのが2つ目の問題意識。

 ③本書の構成
 はじめに
 第1章 開戦への道
  1三国同盟から対米英開戦へ
  2戦争の性格
  3なぜ開戦を回避できなかったのか
 第2章 初期作戦の成功と東条内閣
  1日本軍の軍事的勝利
  2「東条独裁」の成立
 第3章 戦局の転換
  1連合軍による反攻の開始
  2兵力動員をめぐる諸矛盾
  3「大東亜共栄圏」の現実
  4国民生活の実情
 第4章 総力戦の遂行と日本社会
  1マリアナ諸島の失陥と東条内閣
  2戦時下の社会変容
 第5章 敗戦
  1戦場と兵士
  2本土空襲の本格化と国民
  3戦争の終結へ
 おわりに
 あとがき

 ④「戦争認識」「平和意識」について(「おわりに」の要約)
  ・「前線と銃後の悲惨で凄惨な現実」
   →戦後の日本社会の中に、軍隊や戦争に対する強い忌避感や国家が掲げる
大義への根深い不信感を定着させることに。
  ・「冷戦への移行」
   →(国際政治)「寛大な講和」
   →(国内政治)公職追放の解除
     →戦争「指導者の国民に対する責任が曖昧に」
 
 以上の事態が、国民意識の上に影響を与える。その結果、以下のような平和意識や戦争認識が生まれることになる。

・「加害の記憶が封印され、国民は戦争の犠牲者であり被害者であるという認識を基盤にして、独特の平和意識が形成された」「そうした平和意識は、アジアに対する加害の歴史を忘れさせることによって、はじめて成り立っていた」
 
・「国家指導者に対する反感や不信感」が、「被害者的な戦争観と結びつくことによって、戦争の責任は軍人を中心にした国家指導者にあり、自分たちは国家指導者たちの誤った政策の犠牲者だとする国民意識が広範に形成された」。それだけに、「戦争責任の問題が、なし崩し的に曖昧化されたことによって、多くの国民が割り切れない思いを抱くことになった」
 
・「冷戦の論理」によって、日本社会は戦争責任、戦後処理の問題にひとまずの決着をつけた。それは、経済復興から高度成長へと突き進んでいく時代の中で、戦争時代を「遠く過ぎ去った過去」、「振り返るに値しない過去」とみなす風潮を生んだ。そして、そのことは戦争体験世代に対して戦争体験を語ることを諦めさせるように働き、戦争体験の継承を妨げることになった。

 しかし、以上のような戦争認識や、平和意識は大きな岐路に立たされることになる。
 
 ・アジア諸国からの対日批判の本格化
   →被害者としての自己認識を基盤にした平和意識は通用しない
 ・戦争体験世代の急速な減少
   →直接の体験や実感に支えられた戦争認識や平和意識に大きなかげりが見え始めた

 今日の戦争認識や平和意識というのが、「直接の体験に基づかない『戦争の記憶』の占める比重が決定的」になりつつある。


Impression on this book
 ①「国家指導者たちの誤った政策の犠牲者」としての国民しか描けていないのではないか。加害者としての国民を如何に描くか? 

  例えば、東条は、「総力戦の時代の政治指導者」として、「メディアを意識的に利用した最初の政治家」であった。また、「絶えず国民の前に姿を現わし、率先して行動し決断する戦時指導者という強烈なイメージをつくり出そうとしていた」。これは、東条が「総力戦の時代は、多数の国民の積極的な戦争協力を必要不可欠なもの」とし、「そうした時代にあっては、力強い言葉と行動で、直接国民に訴えかけるタイプの政治指導者が求められる」ということを、理解していたからだという。
  
 こうして、東条の「作戦」は、成功し、「各地で国民に熱烈に歓迎」されることになる。そこで描かれるのは、東条の「作戦」に騙された国民である。
  
 どうして、このような描き方がされるのか。それは、「国家指導者に対する反感や不信感」を基底にしているからではないか。

 日本国民を「犠牲者」としてだけ描かないためにも、積極的に戦時体制を支えた部分や、戦場における兵士の戦争犯罪とかの加害の部分について、見ていく必要があるのではないか。

②「社会変容」について
 第4章の2節では、総力戦の遂行が、経済だけでなく、旧来の社会秩序や社会関係を大きく変化させたという歴史的現実について描かれている[3]。結果、日本社会の近代化・現代化[4]が進行することになった。

 ここでは、総力戦の遂行の結果、会社組織の「所有と経営の分離」が進行や、農村における規制地主制の後退などが描かれている[5]

 総力戦の遂行が部分的に近代化・現代化を進めたことは確かであろうが、しかし、新たな矛盾を生み出したことも忘れてはいけない。この節では、この点が欠落している[6]。 

 例えば、総力戦の下において、労働力不足を補うために、朝鮮の民衆に対して「強制連行」が行われた。

③株について[7](面白かった点)
  戦争中でも、マーケットが開いていたことに驚く。マーケットは、社会の動きに、いち早く反応して、上下するという、よく聞く話を、ここで確認させられた。
  
[1] 「日本国家と日本人の対外責任の問題だけでなく、日本の国家指導者たちの国民に対する責任の問題も視野に入れて考えたい」(p.ⅲ)

[2] このことに関して、「戦争の時代と地続きの時代を生きてきた」世代の研究者としての「果たすべき責務」としている(「あとがき」より)。

[3] アメリカナイゼーションについては、少し横に置いておく。

[4] 「近代化」「現代化」について、著者は、定義をしていない。これらの言葉遣いに関して、人によって、違うようである(山之内靖「方法論的序論」『総力戦と現代化』p.46)。
 例えば、森「総力戦・ファシズム・戦後改革」では、以下のように区分することを提案している。「『近代』を富と教養を独占したブルジョアと地主による名望家社会として規定し、『現代』をそれまで疎外されていた労働者と農民主体の登場による民主化・組織化・大衆化を前提とした大衆社会として規定し、両者を明確に概念区分すべきと考える。・・・」

[5] 他にも、労使関係、女性の社会進出、伝統的な「家」制度の解体、学生の軍隊経験が書かれている。
 少し「学生の軍隊経験」について見ると、「学徒兵は、当時の同世代の若者の中で、2-3%を占めるにすぎないエリート集団である。その彼らの軍事経験は、この国の学問や文化のあり方にも大きな影響を及ぼしているはずである。そのことを、さまざまな角度から多面的に検証してみる必要があるだろう」とある。これは、おそらく、吉田先生の先生である、藤原彰先生とかを念頭に入れての文章であろう。

[6] もちろん、全体を読めば著者がこの点を無視していないことは分かる。この節は、アメリカナイゼーションの議論を含めて、戦時・戦後の連続説を要約したものと見ることができるであろう。

[7] p.203-204。p.215。において、株式市場について言及されている。


●これからの予定
24日から27日まで、東京を離れます。

そのために、23日までに、様々な課題をこなす必要があり、頭がガンガンしております。まぁ、楽しんでこなしていこうと思います。

2007/09/12

「しんちゃん」退陣に思う

●「しんちゃん」退陣

まずは、驚きましたね。そのタイミングの悪さに。「どうして今、止めるの?」って感じですね。

二つ目に思ったのは、その弱さに、何かしら考えさせられるものがあったような感じがします。というのは、いわゆる「ボンボン」病のようなものが感じられた。

「ボンボン」病というのは、「甘く」生きてきた人間がかかる病気でしょうか。

「しんちゃん」を見ながら、自分の「ボンボン」病について考えさせられた。

まぁ、この「危機」をチャンスに変えてもらいたいですね。そのためには、この機会に民主党がきちんと考えられた政策、を出すことが必要なのではないか。それが、政権政党を担うための必要十分条件だろう。

そしたら、自民党も、それに触発されて、具体的で考えられた政策を出してくるだろう。

結果、日本においては、きちんと考えられた政策が実行される国に変わることになるのではないか。

よって、ここでの民主党の動向が注目される。


●「自画像の肖像」展に行く

今日は、上野の東京藝術大学の美術館に、自画像を見に行きました。これは、少し前のNHKの番組で取り上げられていたもので、歴代の学生の卒業制作である自画像の一部を、明治から現代まで、並べたものである。

一度は見てみる価値はあると思います。

僕は、自分と同世代の人たちが、どのように表現するのかについて、興味がありました。僕も、情報を加工して、自分なりの表現をしたいと考えているので、同じように「表現」というものに悩み考え行動している同世代に対して何かしら関心があります。

特に、2階で展示されていた作品については、5回くらい見回ったのですが、どうも、その感想というのが、出てこないんですね。率直に言うと、心に、ガツン、と来る作品がなかったからかもしれません。でも、見ていて、面白いと、思ったものはありましたけどね。

ただ、いくつか残念だと思ったのは、自画像を描くということなのに、自画像を描いていないの作品が散見されたことがありました。僕なんかは、それは逃げだと思いますけどね。だから、何かしらの形で画面上に自画像を描く必要があったのではないかと思いますけどね。

自分を直視できなくなったから、逃げで、理屈を作成して、抽象的な世界に逃げただけなのではないか。そういう点では、1階の作品の方が、直視していた。

そんなわけで、いろいろ悩みが多い方は、この美術展(あと少しだと思うので要注意)に行ったり、『のだめカンタービレ』を読んだりしながら、考えてみるのも、良いのではないでしょうか。


●吉田『アジア・太平洋戦争』を読む

この本を何回か読んでいるのですが、批判してやろうと読むと、そんなことできなくて・・・。

いくつか思うことを書くと・・・

ここでは、41年の12月から敗戦までを「アジア・太平洋戦争」としているが、岩波講座では、もう少し広い概念として「アジア・太平洋戦争」を位置づけている。この2つの関係性は、どのようなのかが書かれていないのが、少し気になる。

つまり、広い概念の中での狭い概念としての「アジア・太平洋戦争」とは何かとかの言及が、必要なのではないか。そうしないと、わざわざ、前回において、広義の「アジア・太平洋戦争」を設定した意味がなくなるのではないか。そして、逆に、広義に設定する必要性も、また、その問題関心も希薄化してしまうのではないか。

この本は、吉田先生の岩波講座の「総括」に当たるようなものだと思うので、岩波講座との関連について言及して欲しかった。


アジア・太平洋戦争が、日本の国内においても一枚岩ではない様子が書かれていたのが興味深かった。息子の死に対して、悲しむ母親。夫や息子の出征に対して、反対を役所でお願いしている母親や妻。

どうして、このような記述が必要なのか。それは、戦時期というのが、まったく「非日常」なモノではなくて、「日常」の上にあったということを、思い起こさせるためであろう。しかし、戦時期には、その「日常」を封殺し、「非日常」を押し通そうという周りからの圧力などがあるということも同時に考えさせられることである。


いわゆる「戦後歴史学」の系列にいると考えられる吉田先生が、戦時期において、様々な変化が、「近代化」や「現代化」に結びつく変化を起こしたということを書いていることが、少し印象的だ。

以上、眠たくなったので・・・。