2007/09/18

「敬老」の日

ゴードン『日本の200年』の上をやっと、読み終えました。久しぶりに江戸時代から戦時期までの歴史を勉強した。通史という形で、江戸時代から書いているので、「連続」ということに対して、大いに意識させられる本であった。

「断絶」と「連続」は、歴史学の重要な課題なので、僕自身も、卒論では、そのあたりの問題意識もクリアーにしておきたい。

ただ、通史なので、各トピックスに関しての記述は十分だとは言えないだろう。(日本の近代化・工業化が成功した箇所などに不足を感じる。)だけども、大まかな内容をつかむという点、また、読みやすいという点などを考えたときに、この本は良い本だと思う。感じとして、入江昭先生の『日本の外交』のようである。文章とかの流れが似ているような感じですね。

まぁ、明後日にでも、下巻を読もうと考えている。

本を少し整理していると、ウェーバーの本が5冊ほど、出てきた。読まなければいけないと、思うのだが・・・。こういう本の場合は、内容を理解したかどうかよりも、読んだかどうかの方が重要なんですよね(?)。

橘木『格差社会』を最終章を除いて、読んだ。日本の現状の格差社会について丁寧な議論がされている。そして、その深刻の度合いが深まっていることに対して、大きな危惧を感じる。

この本を読んだ目的の1つ目は、卒論において、ここで描かれているような書き方で、50年代とか60年代の日本経済を統計を使いながら表現したいというのがあった。読んで、僕に何が不足しているのかが、少し分かった。エクセルの使い方と、統計学の知識、一次データ。

2つ目の目的は、やはり今日の格差社会に関する問題関心だ。何が起きているのか、何が問題なのか、そしてどうすればいいのか?

この格差社会の話は、とても学際的な切り方が可能な領域であり、それは、この問題の難しさを逆に示していたりもする。そして、そこには、人の主観も大きな働きをするであろう。

主観ということを考えたときに、どうしても考えなければいけないのは、「自分は何か」ということであろう。どのように育ってきたのかとかとかの自分の歴史というものと、真剣に取り組むことが、必要であろう。

この点がきちんとできていない発言は、他人に対して、何も響かないだろう。自分自身の問題を相対化しながら考えなければいけないのである。

少し思いつきで問題だけを書くと、いわゆる「失われた10年」を子供時代に経た私たちは、どのような形で、自分自身の中に「影」を背負っているのだろうか。どのような形で私たちを形成することになっているのか。

私たちにとって、私にとって、「失われた10年」は何だったのか?そして、それは、どんな形で、私を私たちを規定することになっているのか。

眠たくなったので、以上。

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