2007/09/12

「しんちゃん」退陣に思う

●「しんちゃん」退陣

まずは、驚きましたね。そのタイミングの悪さに。「どうして今、止めるの?」って感じですね。

二つ目に思ったのは、その弱さに、何かしら考えさせられるものがあったような感じがします。というのは、いわゆる「ボンボン」病のようなものが感じられた。

「ボンボン」病というのは、「甘く」生きてきた人間がかかる病気でしょうか。

「しんちゃん」を見ながら、自分の「ボンボン」病について考えさせられた。

まぁ、この「危機」をチャンスに変えてもらいたいですね。そのためには、この機会に民主党がきちんと考えられた政策、を出すことが必要なのではないか。それが、政権政党を担うための必要十分条件だろう。

そしたら、自民党も、それに触発されて、具体的で考えられた政策を出してくるだろう。

結果、日本においては、きちんと考えられた政策が実行される国に変わることになるのではないか。

よって、ここでの民主党の動向が注目される。


●「自画像の肖像」展に行く

今日は、上野の東京藝術大学の美術館に、自画像を見に行きました。これは、少し前のNHKの番組で取り上げられていたもので、歴代の学生の卒業制作である自画像の一部を、明治から現代まで、並べたものである。

一度は見てみる価値はあると思います。

僕は、自分と同世代の人たちが、どのように表現するのかについて、興味がありました。僕も、情報を加工して、自分なりの表現をしたいと考えているので、同じように「表現」というものに悩み考え行動している同世代に対して何かしら関心があります。

特に、2階で展示されていた作品については、5回くらい見回ったのですが、どうも、その感想というのが、出てこないんですね。率直に言うと、心に、ガツン、と来る作品がなかったからかもしれません。でも、見ていて、面白いと、思ったものはありましたけどね。

ただ、いくつか残念だと思ったのは、自画像を描くということなのに、自画像を描いていないの作品が散見されたことがありました。僕なんかは、それは逃げだと思いますけどね。だから、何かしらの形で画面上に自画像を描く必要があったのではないかと思いますけどね。

自分を直視できなくなったから、逃げで、理屈を作成して、抽象的な世界に逃げただけなのではないか。そういう点では、1階の作品の方が、直視していた。

そんなわけで、いろいろ悩みが多い方は、この美術展(あと少しだと思うので要注意)に行ったり、『のだめカンタービレ』を読んだりしながら、考えてみるのも、良いのではないでしょうか。


●吉田『アジア・太平洋戦争』を読む

この本を何回か読んでいるのですが、批判してやろうと読むと、そんなことできなくて・・・。

いくつか思うことを書くと・・・

ここでは、41年の12月から敗戦までを「アジア・太平洋戦争」としているが、岩波講座では、もう少し広い概念として「アジア・太平洋戦争」を位置づけている。この2つの関係性は、どのようなのかが書かれていないのが、少し気になる。

つまり、広い概念の中での狭い概念としての「アジア・太平洋戦争」とは何かとかの言及が、必要なのではないか。そうしないと、わざわざ、前回において、広義の「アジア・太平洋戦争」を設定した意味がなくなるのではないか。そして、逆に、広義に設定する必要性も、また、その問題関心も希薄化してしまうのではないか。

この本は、吉田先生の岩波講座の「総括」に当たるようなものだと思うので、岩波講座との関連について言及して欲しかった。


アジア・太平洋戦争が、日本の国内においても一枚岩ではない様子が書かれていたのが興味深かった。息子の死に対して、悲しむ母親。夫や息子の出征に対して、反対を役所でお願いしている母親や妻。

どうして、このような記述が必要なのか。それは、戦時期というのが、まったく「非日常」なモノではなくて、「日常」の上にあったということを、思い起こさせるためであろう。しかし、戦時期には、その「日常」を封殺し、「非日常」を押し通そうという周りからの圧力などがあるということも同時に考えさせられることである。


いわゆる「戦後歴史学」の系列にいると考えられる吉田先生が、戦時期において、様々な変化が、「近代化」や「現代化」に結びつく変化を起こしたということを書いていることが、少し印象的だ。

以上、眠たくなったので・・・。

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