2007/09/18

「勉強」は嫌いだ!

●「どんど晴れ」を見る。

最近、毎朝、この番組を見ています。話も終盤なので、面白くなってきています。比嘉さんが、より美しくなっていることも、印象的である。淡い色の着物がスゴク似合っていますね。

さてさて、今は、加賀美屋は、外資による買収の危機にある。夏美は、如何にして、この危機を乗り越えることができるか!

印象的なのは、外資=悪という感じで、描いている点であろう。このような描き方をすることはできるのは、日本ではNHKくらいなのではないか。民放だと、様々な利害関係から、外資を悪く描くのは不可能であろう。

映画では、「燃ゆるとき」において、外資を悪と描いていた。

いつか、外資の描き方も、学問的対象になるであろうことは、明らかであろう。その時に、この「どんど晴れ」とかを見て、思うんだろうね。日本人は、外資が嫌いなんだ、と。

●三輪『経済学の使い方』を少し読む

この本を少し読みました。まぁ、もっと、読んでも良かったのですが、どうも考え込んでしまうので、進まなかったということがありました。

この本では、徹底に、実証ということを大変に重視されている。そして、具体的に実証を行うことで、それまでの通念とかから脱却することを唱えている。私たちの周りに、如何に、実証とかを伴っていない通念とかが多いことを問題としている。

例としては、日本の高度経済成長期における政府の役割、ここでは産業政策が取り上げられている。僕なんかの理解では、日本の初期の経済成長期おいて、政府の役割は大きく、産業政策は大きな成果を挙げたということになっている。

しかし、著者は、この「通念」に対して、実証で戦いを挑み、ひっくり返そうとしている。中身の細かい吟味は、まだであるが。

まぁ、経済学の使い方、また、議論の詰め方とかについて、具体的な事例を通して説明されているので、大変、良い本だと思いました。

僕の卒論でも、本の要約では危険で、一つ一つ一次資料に基づきながら、事実を積み重ねていくことの必要性を感じた。日本研究なので、それ相当に、このことは進めていけるだろうとは、楽観視はしているのではあるが。

社会まで、如何にして、卒論に含めていくかが、僕の今の課題であろう。

あと、如何にして「通念」から脱却していくのかも重要である。具体的には、中村政則先生とか、渡辺治先生とかの、左翼系の先生の偏りに対して、どの程度、私は、相対化することができるであろうか。そのためには、安易な要約ではなくて、やはり、地道な研究が必要なのであろう。

上の偏りに対して、意識的にならなければいけないと考えたとのは、下の文献を読みながら考えたことである。

●『思想』を読む。

最新刊の『思想』を眺めました。1000号記念として、特集が組まれていて、今回は酒井先生を司会に間宮先生、中島先生の座談会の記録が載っています。

題は、戦後から1965年までの思想空間みたいな感じでした。僕は、卒論において、戦後の60年代まで見ていくつもりなので、何か面白い情報がないかどうかを探した。

率直に言って、面白かった。戦後における「保守」にも、2つの種類があることなどを知った。大きな議論として、戦後を「保守」と「革新」の対抗関係として描くことの単純さを痛感することになった。

どうしてはいけないということは分かったが、具体的に、どのように描けばいいのかについては、不明ではあるが。少し前に読んだ、米谷『アジア/日本』の戦後バージョンみたいな感じでしたね。

結局は、明らかなことなのですが、戦後においても、思想が重層的に絡まっているということ、そして、それを読み解いていかなければいけないということを、発見した。そして、そこにある戦前・戦時との「連続」と「断絶」にも丁寧に見ていく必要がある。

日本史における研究の蓄積が、今の段階においては、「戦後改革」あたりまでのようなので、僕の卒論が新しい何かを生むことができたらと、大きな野心を持って、取り組んでいきたいと考えている。


●図書館にて

今日は、図書館を出たところ、吉田先生とすれ違った。一瞬、本の批判をしようかと頭を過ぎるが、面識がないので、我慢した(笑)。

ただ、吉田先生にとって、僕は悪い学生であっただろう。というのは、昨年の冬学期の授業を毎回、前の座席で、寝ながら聞いていたので・・・。吉田先生の声を聞いた瞬間に眠たくなるので、辛かったな。

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