やっと、パソコンが復活したので、また、ブログを書いていきたいと思います。
最初に連絡事項として、再び、9月3日から5日まで、東京を離れます。その間、何かしら連絡がある場合は、携帯までに、ご連絡ください。可能な限り、すぐに、返信いたします。
さて、8月27日に東京に戻って以来、卒論の作成に頭を悩ましています。率直に言うと、何を書くのかさえ、危うい段階で、9月3日に中間報告をしなければいけません。(A4:30枚を目指していますが・・・。ただ今、8枚ですね)
今のところは、1960年に閣議決定された「貿易・為替自由化計画大綱」前後の変化について書こうかなぁ、って資料を集めて読んで、悩んでいます。
ポイントは・・・
・日本は、戦前において、植民地を持っていて、「先進国」の一員であったが、決して、経済的に大きくはなかった。そして、戦後は、敗戦による荒廃、世界からの隔離による技術的な遅れなど、「先進国」グループとの差を広げた中で、占領・独立を迎えることになった。「中進国」と呼ばれる地位に、当時の日本はあった。その日本が、どのような経済的な発展を遂げて、50年代の末から、「先進国」グループの中に入り、そして「対等」に競争しようという段階まで来たのであろうか?
・このような変化に対して、どのように国内のアクターは対応しようとしたのか?政府・企業・社会
60年代の後半には、イギリスそして西ドイツにGNPにおいて超え、アメリカに次ぐ経済大国になった。そして、その過渡期として、そして、まさしく、経済大国への道への重要なステップとして「国際化」の過程があったと考えられる。
それを通して、高度成長期のそれ以前との「連続」そして「断絶」が明らかにできたらと考えている。研究の蓄積も、このあたりまで来たらしいしね。(これは、このテーマを選んだ一つの理由。)
まぁ、そろそろ勉強に戻ります。
追伸:
上野樹里さんのホームページの「じゅりっぺ」の最近の動向について、更新されていません。大変に、遺憾ですね。
少し前に彼女の「幸福のスイッチ」という映画を見ました。ロケ地は、僕の地元でした。と言っても、山奥の方で撮影していたそうなので、どこで撮影していたのかについては不明ですけどね。
ただ、浜辺のシーンがあるのですが、そこは、僕が高校の頃、数学の授業をサボって、海を眺めていた場所でした。秋そして冬に、よく、そこで海を見ていました。
海とかは、何か象徴的ですけどね。