2007/06/06

学習生産性を上げたい。「カイゼン」か!

●バンビーノ

毎週、水曜日22時から日本テレビ(正式名称は、日本テレビ放送網株式会社でしたっけ)で放送されているドラマです。

今日の読売新聞の夕刊で知ったのですが、スピンオフのドラマが無料で日テレ第2放送で放映されているそうです。(先ほど、全て見ましたが、面白い!)

http://www.dai2ntv.jp/p/z/084z/vol07_0500.html

何か新しい試みだと思いました。これからのテレビ放送の行方について、少し考えます。どうなるのでしょうかね?

『ネットがテレビを飲み込む日』でも読んで、少し勉強しようと思います。

ただ、日本におけるテレビ放送というのが、冷戦下におけるアメリカの対日政策の一環としてなされたということを考えると、何か大きな時代の変化を感じます。

(内容が正しいかどうかは各人の判断として、昔、有馬哲夫『日本テレビとCIA』という本を読みました。日本外交史のレポートをこれを使って書こうとしました。ただ、外資としてのアメリカの資本が日本に

入ろうとしたときに、政治的対立が生じたそうです。具体的には、佐藤栄作さんはアメリカの資本の流入に反対したそうですね。でも、吉田首相はOKを出した。そのあたりをどう評価するのかについては、政治と経済の論理とつなげて考える必要性を少し思ったのですが・・・。レポートでは、アメリカの影響を受けやすい「制度」が占領期前後に日本の国家機構の中に埋め込まれたという結論だったような・・・)

ただ、民放は、お金でどうにでも動くので、批判的に見ていくことが、これは当然ですが、必要です。だから、逆にNHKの重要性が光るのでしょうね。NHKは完全に経営的にはナショナルなので、ある程度は信頼できます。だから、外国勢力にすれば、邪魔な勢力なのでしょうね。だから、民放にお金を流して、NHKの非効率性を喧伝させて、NHKを廃止にしようと考えているのではないかと推測するのも、間違いではないような感じがします。

NHKによって、日本人は正しい情報を獲るという点を担保されていると言っていいのかもしれませんね。(思い付きですけどね)


●満州移民



今日の朝に読み終わりました。

指導教官の先生が編集された本です。

内容は長野県の下伊那郡からの満州移民がどういう政治的・経済的・社会的な状況下で送り出されていったのか。そして、その送り出された後の現地での状況、そして、ソ連進行以後の悲劇。最後に、戦後への満州移民の連続性を論じている。

アジア・太平洋戦争が何だったのかについて幅広い理解を可能にしてくれる本である。総力戦としてのアジア・太平洋戦争は、当時の多くの市民の生活を破壊していったことが分かる。

もちろん、忘れてはいけないのは、多くの日本人の市民が国家の政策によって、多くの被害を受けた。この点では、被害者ではある。しかし、一方で、それらの市民も、総力戦としてのアジア・太平洋戦争を支えたという点では、明らかに、加害者でもある。

この被害と加害の重層的な事実を市民に押し付けるという点で、総力戦というよりも、戦争一般をなくさなければいけないという強い動機がここにはある。

「国益」とかいう「?」なもののために、市民が苦しめられるようなことを許してはいけないし、それが進められようとしているときは、断固として反対しなければいけない。これは、日本に限った話ではなくて、たとえ、遠い世界でこのような市民に対する抑圧が存在すれば、それに対して声を出していかなければいけない。

もう、世界の問題で関係のない問題はないのだから。

自分自身を最優先に考えたときも、遠い世界の矛盾が回りに回って、自分に降りかかってくるかもしれない。だから、漠然とした理想のためというよりも、自分のために、より良い世界を作っていくように志向し続けていけばいいと、僕は思う。

この本では、まだまだ、地域においては、加害意識が少ないということが書かれていた。日本の加害責任は、正直にいうと、難しい問題である。また、そろそろ、実際の当事者たちも、亡くなっていく。

だから、僕たちのできることは、戦後責任を果たしていくということであろう。まずは、知ること。そして、アジア太平洋戦争から何かしら矛盾が発生しているのなら、それに対して、「弱者」の視点で解決していく。

だから、僕たちは、戦争当事者に加害者意識が足りないという点を問題視していくことは必要だろうが、でも、実際にできることは戦後の責任を果たしていくということでしていくことしかないであろう。

あと、戦前の満州移民の結果として、今日において、下伊那郡では、国際化が進んでいるそうだ。というよりも、戦前に移民した人たちの子孫が戻ってきた結果としてのものである。この状況を上手く使いこなすことができるかどうかは、そこの人たちの努力によるであろう。

●論文を読む

『状況』3-4月号の特集を読みました

何か難しくて・・・つらい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

僕が米谷先生の話を理解するのが難しいと思う点としては今のとこ、一つあります。

それは、「日本人」という主体を脱構築した後の主体としての、「矛盾に苦しみ、身もだえする〈アジア〉」という対象をイメージすることができないからでしょうね。

もちろん、お話としては、何となく分かるんですが、イメージができないんですよね。

やはり、僕にとっては、「国家」の役割は依然として大きく、そして必要だという認識があるのでしょうね。

その理由としては、グローバリゼーションの暴力に対抗できる最も有効なアクターとして「国家」をイメージできるからでしょうね。

疑問としては、米谷先生の議論では、世界はどんな「秩序」のもとに構成されるようになるのかな。僕なんかは、どうしても、最後に「国家」が残るという世界しかイメージができないんですけどね。

●雑感

今日は、安倍っちとドイツの首相とEU委員長が会談したそうです。

そして、日本は、これまで通りに安全保障理事会の常任理事国入りを目指すことを明らかにしたそうですが、疑問としては、ドイツは日本と足並みをそろえるんですかね?

EUという超国家的な組織(厳密には知りませんが・・・)が成長しているときに、その重要な国家が、自国の国際的な地位を高めるというのは、何か矛盾が感じられる。というのは、ドイツはEUの中に存在が回収されるべきであり、そのドイツが世界に大国として出ようとするのは、何か違うような。

まぁ、今度聞いてみよう。

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