大江健三郎『日本の「私」からの手紙』岩波書店、1996年、1章。
日本は、アメリカの「核の傘」に「守られている」。だから、他国が核を保有したり、実験したりすることに対して、世界唯一の被爆国だからといって、強く反対できにくい忸怩たる部分がある。
「核の傘」は何か?
どういう働きをしていたのか?
そして、今は、どのような働きをしているのか?
そもそも、「核の傘」で想定している「敵」は誰か?
僕の理解では、他国によって軍事安全保障上のレベルで「守ってもらう」必要のある「敵」は、世界には存在しない。ましてや、近隣諸国にも存在しない。(北朝鮮をどのように考えるのかについては、詳しい議論が必要だけどね)
核の恐怖から、また、市民を犠牲にすることを前提とした「核抑止体制」から、脱却するために、私たちは、世界的な非核化を推進していくことが必要である。(学生なので、現実がどうだとかは考えない。現実についての深い考察も必要だけども、それに囚われると、現実追従になる危険性がある。)
その前提として、私たちは、東アジアにおける非核化していく必要がある。そもそも、日本がアメリカによって「守られている」ことからも脱却する必要がある。(日本においては、「冷戦」は終わっていないのではないか!)
「人を大事にする」「国際政治のダイナミズム」に、積極的に呼応していくこと、できたら、その流れを生み出していくこと(勉強します!!!)ができたらと考えている。

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