2007/10/20

公正で、効率的で、「楽しい」社会を目指して

今日は、新宿に行き、少しブラブラしました。紀伊国屋書店で、本を買い、ベスト電器でプリンターのインクを買いました。東急ハンズでは、香りのする置物(名前を失念)を買いました。あと、CDショップ(店の名前を失念)でX-JAPANのクラシック版を買いました。

交通費が高いことや、あまり行く用事もないので、今日は、まとめて、新宿でいろいろしました。

その行く途中で、南口のドーナッツ店で、スゴイ行列を見ました。とうとう、橋の半分を超えて、人が並んでいるのを見た時は、何ともスゴイと思いました。どれだけ美味いドーナッツなのだろうかと思いました。ただ、僕は自分のためには、あんな行列に並ぶ気は起きないだろうとも思いました。

さてさて、今日は天気も良く、南口の高島屋への橋を渡っているとき、上を見上げると、スゴクキレイな空が広がっていたのが、印象的でした。キレイだと思える気分的な感情が、自分の中に、まだ、あったことに何かしら安心を覚えました。

僕は、空が好きで、特に、青空ですね。ただ、ギンギンの青空は少し嫌で、雨の後の空とか、夕日と混在した空とかが好きです。

大学の兼松付近から見る、図書館や兼松講堂が見える空も好きですね。緑豊かで、趣のある建物があって、スゴクキレイです。

高島屋の上の方から、東京を見渡したのですが、東京は、都心から離れたところは一面住宅のような建物が永久に続いているようですね。上海の一番高い展望台から見るのとは、都市の風景が違うということを、久しぶりに高いところにいて、横を見た時に、思いました。

やはり、東京だね、と思いました。

最近、卒論のことが頭から離れなくて、よく考えます。新宿も、戦後において、急速に発展してきたんだよねとか。中央線の混雑も、戦後の時期において、形成されてきたんだねとか。満員電車とかも、人口移動の結果起きたんだよねとか。

今あるものが、所与ではなくて、かつてのどこかの時期に形成されていったんだということをよく考えます。その形成のされ方は、その場所場所の初期条件の違いによって、様々な「均衡」になっていくんだよねとかも考えます。

前回少し調べたこととして、高度経済成長期の貿易自由化の結果、畜産の飼料の輸入割合が大半を占めるようになったということがあった。この状態は、今日まで続いていることだと思うんですけど(調べていないから嘘の可能性大!)、こういうのを調べていると、飼料であるトウモロコシとかの輸入先であるアメリカの農産物に対する政策とかに注目していかなければいけないと強く思う。

日本社会全体において、アメリカに対して飼料を依存している仕組みが出来上がっていることが、歴史を見ていくと明らかである。だから、今日明日にできた仕組みではなくて、もう何十年も続いているようなことだから、その根が深いことを痛感する。こういう依存関係にあるので、何かしらアメリカで問題が起きると、日本に甚大な被害が降りかかってきてしまうことも分かる。

さて、大江健三郎『日本の「私」からの手紙』をやっと、読み終わりました。いろいろ考えさせられるという点で、面白い本だと思いますよ。

特に、最終章は、大江さんが、どうして小説を書くのかという点が書かれていたので、何かしら考えさせられた。

彼は、その生きた時代時代に規定された主題に取り組んでいったことが書かれていた。

そして、僕自身のことも少し考えた。時代に規定された主題を選ぶというのは、この章を読む前から、僕自身の中で、考えていたことだった。

僕は1985年に生まれて、

10歳は1995年
1995年は地下鉄サリン事件、阪神大震災とか日本が最悪に暗かった時代だ。

15歳は、2000年
僕たちの世代は、子供という、最も「純真な」(=経験が少なく、周りからの影響を直接的に影響されやすい)時期に、日本社会にとって「失われた」時代を過ごしたのだ。テレビから流される日本社会の荒廃や、自分の周りから、または親から間接・直接に聞かされる、様々な「嫌な」話を、心の中に溜め込んできたのだ。この時代的な経験を、私たちは、それぞれ、自覚的になる必要があるのではないか。

16歳に、2001年

18歳に、2004年。
この年に大学に入学したのであるが、小泉構造改革以来、日本経済の復活のために、積極的に外国のものが受け入れられていった。MBAとか、外資とか、ベンチャーとか、いろんな外国的なものが入り、それに翻弄され、大いに反感を覚え、そして、しかし、それに追随しなければいけないとも思った。

そして、2007年10月21日。眠い・・・。

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