2007/10/10

『経済学の使い方』を読む???

三輪芳朗+J・マーク・ラムザイヤー『経済学の使い方』を少し読む。

少なくとも、卒論においては、彼らの議論を踏まえた上で検討しなければいけないことを痛感。

三輪先生は東大経済学部の教授である。この本は、そして、一連の彼の本は、明らかに東大経済学の他の教授を含めた、これまでの日本の経済史や経営史の常識を潰すものである。

(明らかに、岡崎先生や奥野先生などを批判している箇所があり、少し、言い過ぎなのではないかと思う箇所もある。)

別に、この本では、特殊な方法によって、議論をひっくり返そうとしたものではない(と思われる)。ただ、これまで「通念」としてあったことを、データを使って実証的に分析したところ、「通念」が成立しないことが判明するのである。

この本は、明らかに、日本の知識層に大きな影響を与えてきたマルクス主義に対する嫌悪感から書かれている。そして、「通念」に疑いもなく従う人々をマルクス主義の影響下にあるとしている。それから脱却するためには、それを疑い、実証することだと言っている。

p.20-21では、「社会科」を要領よく記憶する科目・分野だと信じ込んでしまうと、次のような思考パターンになると述べている。

「(1)教科書や新聞などに書いてあることは疑う余地のない『真実』だと考えてしまう。このため、『思考停止』状態に陥り、『結論』を鵜呑みにするのが状態となる。
(2)内容が曖昧でほとんど意味のない記述を前にしても、『正確な意味を確かめ、明確化する』という当然の作業の作業をしなくなる。このため、『理解』せずに、書かれていることを鵜呑みにする。
(3)『なぜそうなのか?なぜそうなるのか?なぜそう理解するのか?』などという事象の発成メカニズム、因果関係に対する関心を持たなくなる。さらに、他のメカニズム、代替的な説明の可能性についても考えなくなる。『なぜ』という問いを忘れ、『メカニズム』に対する関心を失う。
(4)観察事実や、他の書物などの記述に照らして教科書などの記述・説明との食い違いに気づいても、それを契機に、教科書の内容に関して疑問を抱いたり、代替的な説明の可能性に関心を抱くなることがなくなる。
(5)執筆者・読者が以上の思考パターンを受け入れると、主張の妥当性を示し、読者を説得する必要性がなくなる。このため、説得のための証拠が教科書などから消え、読者・執筆者双方が、証拠を示して説得することが必要だと考えなくなる。」

とのこと。自分にも、当てはまることが多いので、何かしらギクリとする。

まぁ、いわゆる「通説」などに対して、きちんと吟味することが必要だとのことですね。たとえ、権威の○○先生が言っていても、それがきちんとした証拠を揃えた上で、議論をしているのかどうかを確認する必要があるということですね。

そのためには、議論を追うという忍耐が必要ですね。

「考え」において、この本は、スゴク役に立った。僕自身、物事を曖昧に理解する癖があり、そのため、きちんとアウト・プットできなくて、スゴク悩んでいた。多少時間がかかるかもしれないが、ゆっくり、議論を追っていくことを今日から始めようと思う。

さてさて、この著者の一連の研究によって、日本の高度経済成長の「通説」が多く、引っくり返された。今度、岩波新書で、武田晴人先生が高度経済成長について書かれる予定だ。

この三輪先生の議論を武田先生は、どのように受け止めるのか???

スゴク楽しみだ。

僕の卒論でも、三輪先生の本を読み、それに対して、何かしら言及できるようにしたい。

以上。

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