この番組は、「帰国船」で帰った人からの「告発」、総連元幹部の「告発」、また元北朝鮮工作員の証言そして、各国(アメリカ、ソ連、旧東ドイツや日本など)の外交資料から浮かび上がる「事実」によって、構成されている。
全体として、北朝鮮の内実の「悲惨さ」に焦点が当てられていて、帰った元「在日」の人々の「悲惨な」生活や、北朝鮮政府から「在日」の人々に対する「要請」とかが描かれていて、北朝鮮は悪いよねとか、総連は悪いよねとかになってしまう感じがする。
「北朝鮮帰国船」に対して、「日本」国民は、どのような反応を示したのか。僕の理解では、当時の各紙をあげて、日本中をあげて、「在日」の人々を北朝鮮に送り出そうとした。
『毎日新聞』の1959年2月1日によると、次のような記述があったそうだ(自分で調べたのではないので、嘘かもしれません)。「帰国希望者をその希望地に送ってやることは、人道的に正しいし、国際法的にも広く認められている原則だからである。そればかりでなく、帰国希望者に対する北鮮側の受け入れ体制もできているとうわれるから、これが実現すれば、日本側も生活保障費の軽減や治安問題で少なからぬプラスとなり、送る側にも送られる側にも好都合ということになる。」
国民の投書として「送還に踏み切ったことは外交史上特筆に価する」とのこと。
このあたりの「事実」に対して、どのように理解すればいいのだろうか。過去の「事実」として、このようなことがあって、それを今日の私たちは、どのように理解すればいいのだろうか。「事実」を知るだけでいいのか。「事実」を知ることはどのような意義があるのか。
もちろんではあるが、日本中をあげて、どうして、「北朝鮮帰国事業」を後押ししたのかについても、番組の中において、述べられていた。アメリカの外交文書の中に記録されていた、当時の日本の政策決定者たちの考えが番組では、引用されていた。
書かれていはいたが、全体として、日本の「責任」という部分が、欠落していた番組だった。どうして、そうなのかは、もちろん不明。
描くことができない領域なのかもしれない。日本の「帝国意識」の結果起きてしまった日本の歴史的な「誤り」を、NHKという公共電波では流せないのかもしれない。また、どうして、そのような「誤り」が起きたのかについても、歴史的研究が進んでいないことも理由かもしれない。
表面的には、北朝鮮の体制や総連に対する「批判」と見ることができるかもしれないが、裏には、それを「支えた」日本社会や、政府、国際社会に対しても「批判」していると読み解くことができるのかもしれない。
手元にある資料から、この北朝鮮帰還問題の参考文献を挙げると・・・
高崎宗司他編著『帰国運動とはなんだったのか封印された日朝関係史』平凡社、2005年。
和田春樹「帰国運動とは何だったのか(下)」『論座』朝日新聞社、2004年6月。
テッサ・モーリス=スズキ「特別室の中の沈黙」『論座』朝日新聞社、2004年11月。
同「明らかになった岸政権の思惑」『論座』2005年3月。
小此木政夫監修、東北アジア問題研究所編『在日朝鮮人はなぜ帰国したのか』現代人文社、2004年。
「戦後」研究の必要性を痛感した。「戦後」についての歴史研究が全く進んでいない。「戦後」の日本の「負」の側面についての研究があまりされていない。(「負」の側面ばかりを見る必要性はないが、歴史的な現実として「負」の側面があった時に、それを描かないのは、「事実」を歪んだ形に見ることになるということは確かだろう。)
勉強不足のために、どうして歴史研究が必要なのかは不明。つまり、歴史研究の今日的な意義については、分からない。(分かろうという努力は継続中だけど・・・)
例えば、今回の事例の場合、この事実さえあまり、知られていない。よって、知る必要はある、学ぶ必要はある。どうして、知る必要・学ぶ必要があるのか?どのようにして学ぶ必要があるのか?
事実として、この事例を知った。国際化の中で、韓国や北朝鮮と会う機会が増大する中で、このような事実を知っていることは、最低のマナーであろう。
このことは分かる。
次の段階が分からない。この事実を知って、どう「反省」すればいいのか。(この事実は、まだ歴史的な事実ではない。終わっていない。)
よく「歴史とは・・・」とか言われるけど、分かんないんだよね。何を言っているのか。もちろん、分かったような気がするけど、わかんない。つまり、分かんない。
歴史を学ぶということと、現在とを、どのように結びつけたらいいのかな?
例えば、冷戦史について考えると・・・。
藤原『国際政治』の第12章「戦争とその変化」では、冷戦の起源から崩壊、冷戦後の戦争の変化についてまで描かれていた。
冷戦の起源については、ソ連責任説やアメリカ責任説、ネオソ連責任説(用語の使い方は目茶目茶の可能性大。)が書かれていて、ベルリン危機そして朝鮮戦争によって、冷戦が本格化。スターリンの死によって、一時、緩和するが、フルシチョウ政権の基盤強化と平行して、対立が激化。ケネディー政権とは、キューバ危機によって、核戦争の一歩前まで行くことに。
この危機が基点となって、米ソの間で、抑止体制の働くことに。この抑止体制が働くためには、相手が合理的な判断をできるという確証が必要であり、キューバ危機によって、それが判明することになった。米ソの間で、緊張緩和が進んだが、次にソ連と険悪になりつつあった中国が64年に核を保有。
当時、文化大革命中であり、中国の危険大。69年には、ソ連との間で、国境紛争。他方、アメリカはベトナム戦争の泥沼化が進行。このような状況下で、72年のニクソン訪中。これに焦ったソ連も、アメリカとの間で、軍縮。大国間での緊張緩和が進んだが、70年代の後半になると、各地で革命が起きる。全てがソ連が理由というわけではないのであるが、カーター政権は、弱腰の圧力を受ける。
ソ連のアフガン進行を受け、アメリカはそれまでの緊張緩和路線を修正し、強行に。そして政権は、共和党レーガンに。新冷戦の勃発。ところが、ソ連では、ゴルバチョフという新リーダーが、積極的に緊張緩和に貢献。また、ソ連の自壊も始まり、冷戦終了!
冷戦後残ったのは、唯一の超大国アメリカ。
以上が、僕のこの本を読んで理解した冷戦のエッセンスではあるが、この理解だと、今のアメリカの「力」を過大視してしまうとうな間違いを犯すのではないか。冷戦は、アメリカの「勝利」で終わったのか?
ここでは、簡単に、冷戦は多様なアクターが冷戦を突き崩すような働きをしたということだけを指摘しておこう。ここの藤原先生の分析では、枠組みとして国家を見るということであるが、この章では、明らかにヨーロッパの国々の役割が見落とされている。
この本を読みながら、歴史理解の不備が、現状分析の不備に結びつくことを発見。ただし、これは現状認識の歪みが、歴史を曲げたという可能性もあるけど。
眠い・・・。

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